2006年10月28日

新車ニャ!



新車かいますた。

istです。


旦那カスタマイズでwww
おいらは赤か黒がよかったな。

まぁ、でも この色もかわいいぞ。
あんまり走ってないし、同じ色♪(←旦那もこれのために この色にした)

これから よろすくね。

そして。。。

今までお世話になった、Ruv4君。。。ありがとね。。。

一緒に京都に引っ越してきました。。。
引越しにもつも運んでもらって
大活躍だったけど。。。
諸事情でチミを手放すことにしました。。。

こんなところで、手放してごめんよ。。。

同じお別れするにも 生まれ育った九州がよかったよね。。。
おばかな 父(旦那)と母(おいら)を許しておくれ。。。。(´;ω;`)ウッ

最後にチミの勇姿をココに残します。。。。

今日の夕方のRuv4君・・・↓



チミの分までistくんを 可愛がることを誓います!

2006年 10月28日

                                父 こと こば
                                母 こと じょん
                                                   (´;ω;`)ウッ

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Posted by じょん at 21:53Comments(8)TrackBack(1)

2006年10月23日

京都(市)にてw

昨日、『天使の卵』 みにいってきました。

http://www.tentama.jp/

おいらの住んでる福知山市には
映画館がない (ノд-。)クスン

おとなりの舞鶴市にはありますが
ちいさい! (ノд-。)クスン
そして、レトロ(爆)

というわけで、映画をみるためには
2時間弱かけて 京都市に行くと色々見れるわけですw

ジャスコあるんだから
映画館付きにしてほしかった・・・

人口7~8万人では無理か?


でですわ、
京都市にでたら、なにやら
人が多い。

もともと 観光地だから
と思ってましたが、
なんか 様子がおかしい・・・・・

と、車ですぎようとしたその時!!!!



Σ(・∀・゚)



進めば進むほど なんかいるし!





Σ(・∀・゚)
参勤交代してる!Σ(・∀・゚)Σ(・∀・゚)








タイムスリッパ? まちがったw

タイムスリップ????



冗談はこのくらいにしてw

ちょうど
『時代祭』が あっていたようですw

途中 おうまさんが ポロリとう●こしてましたけどw

反対車線から 写真とりまくってしまいました。
動く車の中からなので 大変でした(爆)

______________________
(以下 時代祭の説明です)


こちらからは動画みれます ↓
http://www.kyoto-np.co.jp/kp/koto/movienews/2006/digest/20061022jidai.html

________________________

行列の主役たち
 明治維新から始まって時代を逆戻りして平安遷都までの歴史絵巻きを再現。歴史の教科書に出てくるさまざまな人物が次から次へと登場する。

(1)維新勤王隊列

 維新の際、京都府北桑田郡山国の有志が山国隊を組織して、官軍に参加した当時の行装を模した。鼓笛隊が先頭を行く。

(2)幕末志士列

 明治維新の立て役者となった志士計14人が「七卿落」列をはさんで次々と登場する。

桂小五郎(かつらこごろう)1833-1877 萩藩士。のちの木戸孝允。西郷隆盛、大久保利通と共に維新三傑と称される。

西郷吉之助(さいごうきちのすけ)1827-1877 薩摩藩士。藩主・島津齊彬に抜擢されてNo1に。第一次長州征伐では幕府軍の主力となるが、坂本龍馬の説得で薩長同盟を結んだ。西南の役で自刃死。

坂本龍馬(さかもとりょうま)1835-1867 土佐藩士。日本初の商社・亀山社中の創設者、薩長同盟の立て役者など維新最大のヒーロー。慶応3年京都で暗殺された。享年33歳。

中岡慎太郎(なかおかしんたろう)1838-1867 土佐藩士。龍馬と並んで維新に奔走したが、京都で共に暗殺された。享年30歳。

高杉晋作(たかすぎしんさく)1839-1867 長州藩士。農民、町民の軍隊・奇兵隊を創設するなどしたが、「維新の夜明け」を見ることなく病死した。

梅田 雲浜(うめだうんぴん)1815-1859 志士。元・若狭小浜藩士。藩政を批判し、武士の身分をはく奪される。尊王攘夷を唱え、ロシア艦襲撃を企てた。安政の大獄で江戸の獄舎で病死。

橋本 左内(はしもとさない)1834-1859 越前福井藩の志士。緒方洪庵らに蘭学・医学を学び、藩主松平春岳に認められて藩政革新に当る。安政の獄に座し斬罪。

吉田 松陰(よしだしょういん)1830-1859 長州藩士。兵学に通じ、江戸に出て佐久間象山に洋学を学んだ。常に海外事情に関心を持ち、1854年(安政元年)米艦隊渡来の際に下田で密航を企てて投獄された。のち萩の松下村塾(しょうかそんじゅく)で高杉晋作、桂小五郎ら多くの維新の志士を教育した。安政の大獄に座し、江戸で刑死。

七卿落(しちきょうおち)

 1863年(文久3年)8月、討幕計画にやぶれた三條実美ら尊攘派の公家7名が長州へ落ちのびた事件。ミノをかぶった7人の公家を、よろい姿の久坂玄瑞ら3人の武士が護衛している。

真木 和泉(まきいずみ)1813-1864 志士。

久坂 玄瑞(くさかげんずい)1840-1864 長州藩士。吉田松陰の妹婿。兵学を松陰に、洋学を藩校に学ぶ。尊王攘夷を唱え、1864年(元治元年)兵を率いて京都に入り蛤御門(はまぐりごもん)の変で会津・薩摩等の兵と戦い負傷、自殺。

三條 実美(さんじょうさねとみ)1837-1891 公卿。明治維新の功臣。実万(さねつむ)の子。尊王攘夷運動の先頭に立ち、維新後太政大臣。内閣制発足後は内大臣。

■江戸時代

(3)徳川城使上洛列

 徳川幕府は大礼や年始などの際には必ず城使を上洛させ、皇室に対し礼を厚くした。城使には親藩または譜代の諸候が選ばれた。行列の先頭を行く槍(やり)持、傘持、鋏箱(はさみばこ)の「ヒーサー」の掛け声や動作は当時の行列の面影をしのばせる。

(4)江戸時代婦人列

和宮(かずのみや)1846-1877 仁孝天皇の第八皇女。孝明天皇の妹。親子内親王。将軍徳川家茂に降嫁。江戸無血開城に隠れた功績がある。家茂の没後、落飾して静寛院宮と号した。

蓮月(れんげつ)大田垣蓮月(おおたがきれんげつ)1791-1875 江戸末期の女流歌人。陶器を製し自詠の歌をつけて世に賞美され、京都・東山で高潔な生涯を送った。歌風は優美繊細。家集「海人の刈藻」。

中村内蔵助の妻(なかむら・くらのすけのつま) 江戸中期、京都東山の時宗の塔頭・重阿弥での衣装比べの逸話で有名。他の豪商は皆、色鮮やかな衣装で競ったが、内蔵助の妻は下に白無垢を重ね着し、黒羽二重のうちかけという姿であらわれた。一方、侍女たちには豪商の妻女にもおとらぬ華麗な衣裳をつけさせた。内蔵助は京都の銀座で貨幣鋳造業を営む大金持ち。

玉瀾(ぎょくらん)1728-1784 本名は町。江戸時代中期、独自の文人画を確立した池大雅(1723-76)の妻。浮世離れした大雅を包み込むように支えた。大和郡山藩の家老で風流人文人として有名だった柳沢淇園や、夫の大雅に画業を学び、画人としても知られた。

(かじ)八坂神社南門近くにあった水茶屋「松屋」のおかみ。池大雅の妻・玉瀾の祖母にあたる。歌集「梶の葉」を編んだ。養女・百合、孫・玉瀾も歌人だったことから「女歌人茶屋」とも呼ばれ、全国的に有名だった。

吉野太夫(よしのたゆう)1606-1643 京の遊里・六条三筋町(島原の前身)の太夫。書画や和歌などに優れ、「寛永の三名妓」の1人とうたわれた。信仰心が厚く、常照寺に朱塗りの山門を寄進した。

出雲阿国(いずものおくに) 阿国歌舞伎の創始者。歌舞伎芝居の祖。もと出雲大社の巫女(みこ)といい、京都で念仏踊を興行して大変な人気を呼んだ。没年は1607年(慶長12年)以後。

■安土桃山時代

(5)豊公参朝列

 豊臣家の朝廷参上のうち、1596年(慶長元年)5月の秀頼初参内と、翌年9月の元服時の参内などは最も盛んであったと伝えられている。列はそれを表したもの。

(6)織田公上洛列

 1568年(永禄11年)9月天下統一のため織田信長が兵をひきいて上洛したときの様子を表した。信長のほか羽柴秀吉や柴田勝家などが登場する。

■南北朝時代

(7)楠公上洛列

 1331年(元弘元年)後醍醐天皇の上洛を導いた楠木正成一族の行列を表す。正成は後醍醐天皇に応じて兵を挙げ、千早城(大阪府)にこもって幕府の大軍と戦い、建武政権下で河内の国司と守護を兼ね、和泉の守護ともなった。正成、正季の甲冑姿が見物。正成(1294-1336)はその後、九州から東上した足利尊氏の軍と戦い、湊川(神戸市)で敗死。

(8)中世婦人列

大原女(おおはらめ)洛北大原の婦人は、薪・炭等を頭にのせ、京の町へ売りに出る風習があった。

淀君(よどぎみ)1567-1615 豊臣秀吉の側室。名は茶茶。浅井長政の長女。母は信長の妹お市の方。柴田勝家滅亡後、山城の淀城に住み、秀頼を生む。秀吉没後は、秀頼を擁して大坂城に移り実権を握ったが、大坂夏の陣(1615)で落城の際、城中で自刃。

桂女(かつらめ)京都の桂の里に住み、独特の風俗を伝えていた一種の巫女(みこ)。正月・婚礼・出産・出陣など諸家の祝い事に訪れ、花嫁に付き添ったり祝言の祓(はらえ)をした。平安時代、天皇に桂川の鮎を献じたのに始まり、のちには桂包という白い布を頭に巻いて鮎や飴などを売り歩いた。ここの名主は明治まで女系相続を守った。桂姫。桂御前。

藤原為家の室(ふじわらためいえのしつ)(阿仏尼)鎌倉時代の歌人。安嘉門院の御所につかえ、青年貴族との愛に破れ出家、京都西山の尼寺に住む。この間の事情は「うたたね」に詳しい。晩年の藤原為家と結婚、後の冷泉為相、為守をうむ。「十六夜日記」「夜の鶴」などを書いた。墓は京都市南区西九条比永城町の大通寺にある。

静御前(しずかごぜん)源義経の愛妾。京都の白拍子。磯禅師の娘。容姿艶麗、歌舞をよくした。義経と吉野山で決別、捕えられて鎌倉に送られ、鶴岡八幡宮で源頼朝、北条政子らを前にして義経恋慕の舞を舞った。能の「吉野静」「二人静」「船弁慶」の題材となり歌舞伎などにも多く使われている。

■鎌倉時代

(9)城南流鏑馬列


 流鏑馬(やぶさめ)は平安朝から行われた騎射の技で、馬場に3カ所の的を立て、馬をはしらせながら射る。1221年(承久3年)、後鳥羽天皇が朝廷の権威回復のため、城南離宮で近畿10余国の武士を召集して行った。列は狩り装束の射手を中心とした5組を表している。

■藤原時代

(10)藤原公卿参朝列

 平安時代中期以降、藤原氏の最盛期の文武両様の姿を現したもの。列は夏の様式。

(11)平安時代婦人列

巴御前(ともえごぜん)平安末期・鎌倉初期の女性。木曾の豪族中原兼遠の娘。武勇すぐれた美女で、源義仲に嫁し、武将として最後まで随従。夫の戦死後は和田義盛に再嫁し、その敗死後、尼となって越中に赴いたという。

横笛(よこぶえ)平家物語に見える女性。建礼門院の雑仕で、滝口の斎藤時頼に愛されたが、時頼が出家すると、あとを追い尼になった。

常盤御前(ときわごぜん)平安末期の女性。もと近衛天皇の皇后九条院の雑仕。源義朝に嫁し、今若・乙若・牛若を生む。平治の乱に義朝敗死後、大和に隠れたが、六波羅に自訴、子供の命乞いのため平清盛になびき、のち藤原長成に再嫁した。

紫式部(むらさきしきぶ)平安中期の女房。藤原為時の娘。名前は源氏物語の「紫の上」と父の官位「式部丞」からとったという説が有力。夫と死別後、上東門院(一条天皇の中宮彰子)に仕え、その間、藤原道長らから重んじられた。三十六歌仙の一。著作は「源氏物語」のほか、「紫式部日記」「紫式部集」など。

清少納言(せいしょうなごん)平安中期の女房。三十六歌仙の一。和漢の学に通じた才女で、紫式部と並び称せられ、一条天皇の皇后定子に仕えて寵遇を受けた。「枕草子」の作者。家集「清少納言集」。

紀貫之の女(きのつらゆきのむすめ)紀内侍(きのないし) 平安時代の歌人。「尊卑分脈」に貫之の女として「助内侍 歌人古今作者」とあるが、「古今集」にその名はみえない。紀貫之(868頃-945頃)は平安前期の歌人・歌学者。三十六歌仙の一。醍醐・朱雀天皇に仕えた。紀友則らとともに古今集を編集した。家集「貫之集」のほか「古今集仮名序」「土佐日記」など。

小野小町(おののこまち)平安前期の歌人。六歌仙・三十六歌仙の一。出羽郡司小野良真(篁<たかむら>の子)の女(むすめ)ともいう。歌は柔軟艶麗。文屋康秀・僧正遍昭らとの贈答歌があり、仁明・文徳朝頃の人と知られる。絶世の美人として七小町などの伝説がある。

和気広虫(わけのひろむし)730-799 奈良時代の女官。和気清麻呂の姉。孤児を救済するなど慈悲心に富み、孝謙天皇に愛され、天皇の出家と共に髪をおろして法均尼といった。清麻呂が道鏡の怒りを買い島流しとなったのに伴い備後に流されたが、後に赦され、正四位上典侍となった。

■延暦時代

(12)延暦武官行進列

 この列の大将に当たるのは坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ 758-811)。平安初期の武将で征夷大将軍となり、蝦夷(えぞ)征討に大功があった。また、京都の清水寺を建立した。

(13)暦文官参朝列

 延暦時代の公卿諸臣が朝廷に参上する状況を模したもの。

(14)神饌講社列

時代祭当日の神饌物を奉献する役目の人達。

(15)前 列


 御神幸列の前を行くので前列といわれ、雅楽の奏者、迦陵頻伽、胡蝶など優美な行列で多数の狩装束のお供が従う。

(16)神幸列

 御賢木(おんさかき)を先頭に、御鳳輦(ごほうれん)を中心とする神幸の本列。先の御鳳輦が孝明天皇、後の御鳳輦が桓武天皇で宮司以下神職が前後につき従う。

(17)白川女献花列

 白川女(しらかわめ)は北白川(現左京区)の女性で、比叡山のすそ野、白川に広がる花畑の花を京で売り歩く。平安時代から続いてきた。

(18)弓箭組列

 京都の丹波には源頼政に従って弓矢の術に秀でた人達が多く、その子孫の人々もまた平素から弓箭組を組織し、日ごろから射術を研究していた。延暦の昔、桓武天皇平安遷都の際、その御列の警護をし、維新では山国隊ととも活躍したという。





  

Posted by じょん at 13:44Comments(3)TrackBack(2)

2006年10月20日

あんかけチャーハン

久々にメシネタw

今日は 夫婦で あんかけチャーハンをつくりますたw

あるもんでチャーハンしたんで見た目はかんべんしてくらさいw
(≧∇≦)ノ彡 バンバン!



ちょっと 水分が(あんの部分)すくなかったかしら??
でも おいしかったww

チャーハンは どっちが作っても上手ですww
2人とも 卵とご飯を上手に絡めることができます。
(*`∇´*)v ヴイッ

レシピ(2人分)

<チャーハン>
卵            2個
あまったご飯     2杯分程度
油            適宜
長ネギ         半分
鶏だし(顆粒)          適量
塩コショウ

※ 卵をふっくらするには 牛乳を適量いれるとよいw

<あん>

あまりもの (爆)   適宜
ごま油
水 400ml
しょうゆ おおさじ1(あとは おこのみw)
さけ   おおさじ2
鶏だし (顆粒)   具によって入れる量はかえる
片栗粉  適宜

しお
こしょう

ですw

_______________________

話は変わりますが

このまえ、旦那のともだち A が
旦那との愛の逃避行の帰りに寄りました。(マテ

そのときの 二人の行動の似てること・・・・・

その様子の一部・・・・・↓


面白すぎたので、というか 怒るために
となりに並べてみました。

同じ脱ぎ方すなっ!ってか たたんでおけよ!

つーか、別々の環境で育って、
ここまで やることが同じなのか?



ってか、お前ら・・・双子かよ!って
突っ込みたい 今日この頃・・・・
  

Posted by じょん at 19:40Comments(5)TrackBack(0)

2006年10月15日

つれづれ。。。。(追記しますたw)

今日は劇の本番です。


もうすぐ行ってきます。

昨日は練習が2回 _秘 ̄|〇

微熱があって ちょっとだるかったのですが
行かないわけにもいかず。。。。

今日は復活しとります。。。

今日は打ち上げとかあって
きっと 遅い・・・・

明日は仕事。。。(´;ω;`)

早々に帰ってこよう・・・・

明日休みなら しこたまのむのにー
。゜(゜´Д`゜)゜。ウァァァン


________________________________

いったん戻ってきました ∥三(((o ・`∀・´)ノ

劇、終わって もうすぐ 打ち上げです。
あ。上司いますた ((((;゚Д゚)))) ガクブルガクブル

劇の会場に(というか、地域の文化祭だった)
おいらと 旦那の切り絵も展示されていますたw

まずは オラの作品から


↑あ・・・しゃしん ぶれとるがな・・(´・ω・`)ショボ~ン



↑これが第1作w



↑おいららしい 絵のセレクトw


次は旦那のいってみようw



↑Σ(・∀・゚) おいらが 飲ませてないみたいやんか o(`ω´*)oプンスカプンスカ!!
しかも、ビール のみおわっとるやんけw


↓これは旦那が半分お手伝いw


たしか さくらのあたりが旦那のはずw

おいらはこの作品が一番すきだわw


というわけでww
追記でしたw  

Posted by じょん at 09:33Comments(6)TrackBack(0)

2006年10月12日

近況報告ともみじ寺

ほんと真面目に さぼってすいません(_ _(-ω-;(_ _(-ω-; ペコペコ

今ですね。。。。

アフター5とか 休日とか
劇の裏方してます。お手伝いというか 道具責任者ってうわさ?
まぁ おいら 劇に出ないんで
常にいる人ってことで任命されましたw

普段は もっと道具に詳しい方が
携わってくれています (-∀-;)

ちなみに。。。。はっぴなんか作ったりするw


がんばってます! 劇の本番は今度の日曜!(15日)

____________________________

はてさて。。。
寺参り好きのじょんきち。。。

旦那を従えて(笑)もみじ寺こと
長安寺に行ってきました♪(福知山市)



まだ紅葉には早かったようです。




2週間後くらいにまたこよっと。近いしねん♪
マイナスイオン

あぁ。。。いつきても 感じのいいところだわ (*´ω`*)モフモフ




おうちに帰ると 天使さんが おそらに 羽をおとしていっていました~♪


  

Posted by じょん at 15:46Comments(4)TrackBack(0)

2006年10月06日

我が家の新入りさん

今日、複合機 買いました~~♪

理由は、結婚式の写真。

まだ届いてないけど
業者に頼んだ分(親戚の集合写真とか)は
焼き増ししてもらうと1枚5000円かかるらしく。。(´;ω;`)

いろいろな方にも写真もらって
それも、写ってる人にあげたいんで。

それだったら スキャナ買おう♪
と思ったら、複合機でも ほとんど値段が変わらないことが発覚

じゃ、複合機にしよう♪
ってことで買いました。



名前は ヒロシですw


ちなみに、旦那の チャリは 友蔵
おいらのチャリは まる子

そして、ついに、 複合機は ヒロシw

我が家のセンスが 疑われる今日この頃です。  

Posted by じょん at 21:44Comments(6)TrackBack(0)